マリーアントワネットとフェルゼン黒塗りの手紙に秘められた熱愛度

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マリーアントワネットとフェルゼンの手紙が見つかり、その黒塗り部分の文字を解読すると驚くほど熱烈なラブレターが出現しました。暗号化された文字も解明され、200年前の二人の熱烈なラブレターの本文とその手紙からわかるマリーアントワネットとフェルゼンの愛を追ってみました。

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マリーアントワネットとフェルゼンの手紙が公開された!

 

これまでマリーアントワネットのラブレターは見つかっていました。

それがフェルゼンのラブレターも見つかったということで、私の中では一大センセーショナルな出来事になりました

ベルばらではアントワネットとフェルゼンがとても強く惹かれ合っていたのはわかるけど、「これはお芝居だからね」、なんてドラマとしてのお話だととらえていました

ところが、最近解読された手紙を読むと
想像以上にマリーアントワネットとフェルゼンは生涯をかけた熱愛だったことがわかりますよ

 

その熱烈な手紙の一部は、

”最後にどうしてもお伝えしたいことがあります。私は狂おしいほどにあなたを愛しています。あなたを想わない時は一瞬たりともありません。”

 

”親愛なる友よ、あなたを愛するのをやめられない。”

 

 

”あなたのすべてが私の生きる支えなのですからお身体を大切にしてください。私は人に会ったり自分の時間がまったくありません。あなたのいない日々で唯一の楽しみは子供に会う事です。悲しい時には息子を抱きしめ心を込めてキスします。それが束の間の慰めです。さようなら、ごきげんよう。”

 

アントワネットとフェルゼンの黒塗りの手紙が解読されるまで

 

フランス革命当時のマリーアントワネットとフェルゼンの手紙は黒塗りにされた部分があり、これまで判読できずにいました。
フランス国立公文書館に保管された、これら15通の手紙を最先端のスキャナー技術で読むことに成功したそうなんです。

蛍光X線分析法という手法で手紙のインクを読み取るのだそうです。
元々書かれていた文字のインクと、黒塗りするのに使った上から書いたインク、2つを分析し、
インクの成分を特定したら隠された文字が現れたといいます。

息絶えるまで私が愛するあなた”と書かれたラブレターが出現
すっごくドキドキしますよね~

二人の手紙は薬品やレモンの搾り汁で炙り出しのような透明なインクを使い、時には新聞の行間に書かれていたりしたとか
紙を火にかざすと文字があぶりだされるということで、すごく大胆でスリリングですが、そのぐらい二人は真剣だったことがわかりますね。

ラブレターは1789年から1792年までの間、フェルゼンが考え出した暗号で、アントワネットは監視されている中、ろうそくの光で書いていたそうです。

2008年に、この200年以上前の秘密のやり取りが解き明かされました。
フランスの数学者がラブレターの暗号を符号と手紙ごとに代わるキーワードを使って読み解くことができたのです。

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マリーアントワネットとフェルゼンの出会いから最後まで

 

ベルばらファンならお馴染みのマリーアントワネットとフェルゼンの道ならぬ恋ですが、見つかった手紙をもとに二人の出会いから最後までを追いかけてみます。

1770年、スウェーデンのハンス・アクセル・フォン・フェルゼンはヨーロッパ各国を巡る旅の途中、フランスに立ち寄った時にマリーアントワネットに出会いました。
最初はマリーアントワネットの方からフェルゼンに話しかけたそうです。

ルイ15世が死去し、ルイ16世が即位した4年後、フェルゼンが再びフランスに訪れ、軍人として仕えたいとルイ16世に申し出ました。

アメリカへの遠征で宮殿を去るフェルゼンを見送った時のマリーアントワネットは涙ぐんでいたというので、この頃から二人は想い合っていたのですね。
その後アメリカからフランスに戻ったフェルゼンは真っ先に王妃を訪ねます。

その時の気持ちをフェルゼンはスウェーデンにいる妹に、こう手紙で伝えています。

”私は心に決めた、絶対に結婚はしないと。私が一緒になりたいと願い、私を愛してくれる唯一の女性とは結婚できないのだから。”

 

その後、フェルゼンはスウェーデン人連隊長に任命されます。
マリーアントワネットとフェルゼンは秘密の階段を通って、王妃のプライベートな部屋で頻繁に一緒に過ごしています。
今ではフェルゼンの部屋と呼ばれていますが、当時フェルゼンが住んでいたのかもしれませんね。

そして、プチトリアノン宮殿にフェルゼンは週に3~4回訪れています。
けれども幸せな時間は長く続かず、その頃、フランス国民の不満は爆発します。
パンがなければお菓子を食べれば?と言ったマリーアントワネットの言葉は有名ですが、宮廷の豪華な生活に比べ、国民はパンすら食べることが出来ない生活でした。

1789年バスティーユが陥落し、国王夫妻はチュイルリー宮殿に幽閉されます。
この時、目の前ではねられた衛兵の首を先頭に宮殿への行進が続いたそうです。

そして1791年、国王一家は宮殿からの逃亡を試みます。
フェルゼンは国王一家の脱出計画に手を貸しています。
が、最終目的地まで付き添いたいと言ったフェルゼンを国王は拒否します。

6月23日、フェルゼンは父にこの時の無念な気持ちを手紙に書いています。
バレンヌで国王は国家反逆罪で逮捕されてしまったのですから。

フェルゼンは国王夫妻を救済しようと、1792年2月14日国王に謁見します。
この時、逃亡計画を持ちかけたところ、国王に却下されます。

1792年6月20日、市民がチュイルリー宮殿に侵入し、国王は命を奪われそうになりました。
8月10日、国王夫妻はタンプル塔に幽閉され、これ以降、フェルゼンからの手紙は受け取ることはありませんでした。

もう手紙を交わすことはなく、その翌年1月ルイ16世は処刑されます。
フェルゼンは王妃の命を救おうと奔走しましたが、それも空しく10月にマリーアントワネットも処刑されてしまいます。

走り書きした王妃の最後のメッセージをフェルゼンは受けとることになりました。

”私の心はあなたのもの”

 

最後の最後まで、マリーアントワネットはフェルゼンを想っていたのですね。

一方、フェルゼンが妹に送った手紙が残っています。

”私の生きる理由、愛してやまなかった女性、彼女のためなら千回でも命を差し出すことができた。
その人はもういない。辛く苦しい。
これからどうやって生きていけばいいのだろうか。”

 

フェルゼンのその後の人生は?

 

フェルゼンは生涯アントワネットを愛し続け、独身を通しました。
17年後、スウェーデン皇太子の葬儀の日、フェルゼンは激怒した暴徒に襲われて亡くなります。
皇太子の毒殺にフェルゼンが関与したという噂が原因でした。

フェルゼンの最後はとても悲惨なものでした。
フェルゼンは暴徒に剣で突かれ、踏みつけられた末に全裸の遺体を地面に引きずられたそうです。

その後、スウェーデンの最高裁でフェルゼンの潔白が証明されました。
遺体はフェルゼン家のお墓に埋葬されました。

 

マリーアントワネットとフェルゼンの手紙まとめ

 

マリーアントワネットとフェルゼンの黒塗りの手紙が解読され、想定した以上に二人の熱愛度がわかりました。
フェルゼンは几帳面に手紙の記録簿をつけていたので、ラブレターを追っていくと壮絶な事実が浮かび上がってきます。
マリーアントワネットとフェルゼンの恋はあまりにドラマチックで、このままミュージカルにもなりそうだと思いました。

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